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絵のない絵本 [音楽ネタ]

近年人気の吹奏楽作曲家樽屋雅徳氏の作品をまとめて聴く機会を得た。私は最近の吹奏楽事情には全く疎く、樽屋氏を知ったのもつい最近である。曲のタイトルだけは数曲おぼろげに記憶していた。ずいぶんと大仰なものばかりだったからである。しかしどの曲も命名のセンスが同じなので途中で覚えるのを辞めた。いや始めから覚える気がなかったのかも知れない。私は今までネット上で交わされていたこの作曲家にまつわる議論について全く知らず、例の「絵のない絵本」盗作疑惑の件を知ったのは樽屋作品をまとめて聴いたのと同時期だった。「実にオモロイ話でんなぁ〜。オレが吹奏楽に興味持たなくなってる間にこんな面白議論があっただなんて!もう少しマジに吹奏楽界を見とけばよかったわ。」というのが私の率直な感想である。今更と思われるかも知れないが、現在私のiPodにはティモシー・マーの「エンデュランス」と樽屋氏の「絵のない絵本」の両方を入れてあり、いつでも比較できる状態にしている。ニヤニヤ笑ったりちょっとムッとしたり中々楽しい聴き比べである。個人的にはパクリと言われている部分よりも、強奏部においてゴテゴテとサウンドがニゴり美しく響かない点が気になった。これは他の樽屋作品にも言える事で、演奏レヴェルの問題ではない。

樽屋氏の音楽は分かりやすい。全ての作品に具体的な情景を暗示させる表題があり、親しみやすいメロディを持ち、何よりドラマティックに音楽が進行する。しかし専門に音楽を学んだ人から見ればどうしても彼の作曲技法は稚拙に感じられて仕方ないようだ。樽屋氏は武蔵野音大の作曲科卒ではあるが、専門家に言わせると彼の作曲法は音楽の基本すら理解していない素人同然ということらしい。私のような素人でもそのような指摘にはうなずける部分がある。せっかく美しいのに展開も再現もせず使い捨てられる主題。和音進行と楽器法のまずさから来るサウンドの濁り。ほとんど用いられない対位法的手法。表層的効果のみ狙いしかも多くの場合効果があがっていないオーケストレーション。情景の切り貼りのみで作品を成立させることによる音楽的構成美の不在。大仰なタイトルとは全く無関係であるケルティックモチーフの常用。そして元ネタの存在(笑)。まともな教育を受け今も真面目に研鑽を重ねている作曲家からすれば、このような音楽が流行する風潮には我慢ならないのだろう。(その他、曲のタイトルを文学作品から引いている場合、その作品への共感と作品に見合うだけの音楽的水準が欲しいという観点から批判したブログもある。左記ブログは主にサン=テグジュペリ「星の王子様」と同名の樽屋作品についての考察だが、中々興味深くそして厳しい。)

しかし実際には樽屋氏の音楽を愛好する若者は多い。ほとんどの作品が全国の吹奏楽団によって毎年繰り返し演奏されている。樽屋氏の音楽に触れると感動するという声は決して少なくない。いくら同業者が恨み節を重ねても「数多く演奏され作品が多くの人々に愛されている以上、他にいったい何を作曲家に望むというのだ?」といった問いには答えに窮するのでないか?樽屋氏の音楽に対し全面的に「否」と唱えるのはなかなか難しい。善かれ悪しかれそこに「ニーズ」があるのだから。とは言え樽屋作品にはプロの作曲家としての「技術」が欠如しているのもまた明らかである。その点に関してだけは売れる売れないのレヴェルで卑屈になるべきではない。誰かがオーダーすれば良いのだ。「フーガを書いてください。」「交響曲を書いてください。」と。「私は今発表し続けているような吹奏楽作品で一生やっていくつもりです。それが私の芸風ですから。。。」と言って樽屋氏は断るだろうか?樽屋氏はメロディメーカーとしての才能はあると思う。なんだかんだ言って彼の書くメロディは美しい。意外と忘れられがちだがメロディを書く能力は作曲家に必要な大きな要素である。その魅力的なメロディを別のメロディと絡めたり、変化させたり、回帰させたり、そういった一切合切の技術を再度誰かに学ぶことが出来たら?もしかしたら樽屋氏は独自の個性を持ちかつより多様なニーズにも応えうる本当の意味での作曲家になれるかも?。。。いや、そんなことは誰にも分からないか。


最後にアンデルセンの「絵のない絵本」についての悪ふざけを。

作曲家であり軽度のうつ病で悩んでいるの私の部屋の窓辺から月が現れる。『私が世界中で見てきたものをそのまま描きなさい。きっと素敵な音楽になるでしょう』と月は私に語りかける。私は思わずムッとして月に向かってこうやり返す。

「大きなお世話です。そんなの私の創作とは言えないじゃないですか?私が孤独にしている様子を見て憐愍の情でも垂れようとでもしてるんですか?ばかにしないで下さい。こう見えても私はプロなんです。あなたは私の唯一の理解者のような顔をしていますが知ってますよ。他の誰かにも同じように面白おかしく語りかけてるんでしょ?人の秘密なんて考えたこともなく。世界中のみんながあなたのことを知っています。みんなの人気者ですよ。そんなあなたに人の孤独なんて分かるはずはないでしょう?一人で地球を回ってるだけだから私も独りぼっちですって?それはそうでしょうが、あなたと違って私には私だけを見てくれる人なんていませんよ。地球上の全ての人々のうち、あなたのことを知らない人なんて誰もいないんですから。私は私の力で作品を生みますからどうぞお引き取り願います。あ、もう行っちゃったか。やっぱり俺はみんなの人気者とは友情は持てないんだな。」


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